「国家としての選択―日本は本当に変われるのか」
 本稿は平成16年10月25日にホテルオークラで行われた「日本台湾医師連合特別講演会」(主催・日本台湾医師連合)における、中西輝政・京都大学教授の講演録です。(文責・日本台湾医師連合)

●日本が先か、台湾が先か

みなさんこんにちは、中西輝政でございます。今日は日本の医療にご貢献いただいている皆様方の前で、日ごろ日台のよりいっそう緊密な交流を願っている立場からお話できることを、大変光栄に思ってまいりました。
今日は「国家としての選択」という演題をつけさせていただきました。私には、台湾も「国家としての選択」という方向へ大きく動き始めているのではないかと見えるのですね。「台湾」というはっきりとしたアイデンティティの上に、国家というものを本来の姿で作り上げている。私は、今のアジアの国はどこも、多かれ少なかれそういう流れになっていると思います。
実は昨年の年末、李登輝前総統とお会いしたときに、「中西先生、台湾は憲法を作りますよ。2006年に」というお話を聞かされました。
自民党が憲法改正案を作るという話を新聞で見ましたが、本当に作るのか、下手をすると横槍が入って変な流れも出てくるかもしれないと心配をしていたのですが、李登輝さんとお会いすると、「日本が先か台湾が先か」という話になるわけです。
日本も台湾も、おかれている状況はそれぞれ非常に違うのですが、本来あるべき国家の在り方という問題では、向かっている方向は同じなんだと感じました。
そして今日の副題「日本は本当に変われるのか」ですが、台湾がどのように行こうとしているかは、かなりはっきりと見えてきましたが、では日本はどうなのか。そのようなあたりで日本は非常に重要な分岐点に差し掛かってきています。
それでは日本はどっちへ行くのか。小泉政権ももう三年を超えて、長くてもあと一年あるかないかです。おそらく今の永田町の情勢を見ていますと、来年の春から夏にかけて、日本の政治はある局面を向かえる可能性がかなり高くなってきています。郵政民営化などがポコッとでてきて、「内閣も総理の座も投げ出すから、この郵政民営化だけは認めてくれ」と。
日本人はよくこれをやるんですね、総理の宿願となっているテーマで。最初は自民党も世論もマスコミもそっぽ向いていても、結局はわけのわからない格好で折り合ってしまって、置き土産のようにその法案だけを通してあげる。そういう格好で政局はまた次に移っていく、というのが時々あります。

●2005年は日本の重要な分かれ道

おそらくこの一年か一年半のうちに、3、4年続いてきた今の日本の政治の時代は間違いなく終わるでしょう。
日本の景気が回復しているという意見がだいぶ定着してきました。実際かなり回復していると思いますが、この回復もやがてピークを迎えるでしょう。そしてそれ以上、さらに目覚しい回復ということはちょっと難しい。
この2、3年は回復の方へ来ているわけですが、もしもう一回、少し下降の方向へ行ったらどうなるのか。
私は、来年2005年という年が、日本の重要な分かれ道になってくると思います。経済問題も含め、日本人は今までいろんなものを先延ばしにしてきたし、戦後本当に考えなくてはいけない問題も、目の前の話で避け続けてきたけども、そのままではやがて大変なことになるだろうという危機感のバネのようなものが生じるかもしれません。
今までは「危機だ、危機だ」「不況だ、バブル崩壊だ」「日本の上をミサイルが飛んで行った、拉致された、大変だ」と、いろんな議論をしてきましたが、しかし日本人は実際のところ、まだ心底から「これじゃだめだ」と思っていないのです。「まだなんとかなるよ」「ともかくそのうち良くなるよ」「誰かに任しておけばいいんじゃないか。流れは変わるよ」といってですね。これは困ったことだけど、こういうところがまだ残っているんですね。
しかし来年は敗戦から60年です。日本は非常に大事な歴史の区切りを迎えます。なぜ60年が大事なのか。
私はいつも言っているのですが、いろんな国の歴史を見ていても、特にこの東洋では還暦という言葉がありますね。「暦が還る」と書くわけですが、日本人はこれを個人の年齢の話とばかり考えるわけです。しかし本当はそうじゃない。つまり「60年で時代が変わる」ということですね。時代のサイクルが最初の位相のところへもう一回戻るという話なのです。西欧でも60年という周期は、「おじいさんから孫の世代へ」という感覚です。
60年でひとつの時代が終わって、外界の環境の変化によって、国民精神など、歴史を動かしていく非常に大きな原動力のようなものがギアチェンジをするんですね。それくらいの周期があるわけです。
あのような大戦争で完膚なきまで敗れてから、日本はこれまで、ワンパターンといわれる行き方でやってまいりました。しかしこの辺に来て、どうもそれではすまないということを、多くの人が少しずつ気がついてきた。
敗戦の焼け跡のなかから戦後復興、高度成長を成し遂げ、日本を動かしてきた世代があります。私は1947年の生まれですから、ちょうど我々の親の世代です。我々息子の世代は、「親父がこうやっている」「先生がこういっている」といって、世の中に出ても、「先輩たちがこうやってきた」といって、ただ真似事をしてきた。これが私たちの世代です。これもそろそろ定年という年に近づいてきている。
この真ん中の世代が、あまり出来がよくなかったものですから、実際責任ある立場についたときには、バブルを崩壊させて、経済をガタガタにしてしまった。安全保障、外交、といった国の根幹に関わる大事なことも、前の世代が「敗戦したのだからこういう生き方しかないだろう」「とりあえずこの憲法でやっていくしかないだろう」と、やむを得ず暫定的に選択したことを、我々の世代は「多分、これが日本の本当の選択なのだろう」「これでこれまで上手くやってきたんだから、これからもこれでいいんじゃないの」と勘違いしてしまった。「前者の轍」という言葉がありますが、この程度の発想で、前の世代が遣ったとおり、その跡を踏んで行こうとした。
ところが日本が「経済大国」「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた瞬間、経済はバブル崩壊です。「これまでのやり方ではどうしようもない」ということを、突きつけられたのです。しかしそれでも、未だに頭の切り替えができない。
日本が変わるなら、それは多分、ワンパターンをそのまま続けようとしてきた世代が、退場することによってだろうと思います。
日本では外交、安全保障の問題、あるいは財政赤字、それから少子化の問題、治安の悪化、若い世代のモラルの低下、教育の崩壊など、さまざまな危機的問題が山積しています。どれも時間が経てば経つほど状況が悪くなる。そこで外界の大きな出来事によって、否応なく、こっぴどく、ぼろぼろになるような危機に直面しながら、日本は初めて変わるのではないかと思います。

●日本が直面する四つの問題

今の日本が直面する問題は、四つぐらいに分けられると思います。「日本は本当に変われるのか」というのは、これら四つの問題にどう対処するのかというところに収斂されるのだと思います。
まず第一は、日本を取り巻く防衛、安全保障、外交といった問題ですね。今の日本の憲法をベースにしたままでは、もはや安全保障、防衛を考えることができなくなってきました。特に日台の防衛問題でもそうですが、この面での日本の大きな転換というものが、アジアの安定に非常に大事になるという時代に差しかかっている。
第二は、それをやっていくためには、やはり財政の基礎付けということが大切になる。財政問題は国を取り巻く大きな危機です。この間の参議院選挙などは、年金の問題などに議論が集中していました。今も、郵政の問題とか地方自治に回すお金をカットする問題が小泉さんの頭を悩ませていますが、おそらくその次元のことでは済まない話だと思います。
それから第三は、少子化、あるいは犯罪の増加、治安の悪化といった社会の問題ですね。この問題の背景には、やはり日本の社会の力がだんだん弱くなってきている、あるいは日本人の活力や生命力などが弱まってきているということがあります。少子化は非常に深刻な問題ですが、それに対して日本人は非常に悲観論に陥りがちです。しかし悲観論から何も生まれません。少子化の話は、他の先進国がみんな過去に経験してきているものです。ですから、こういうことも非常に大きな視野で考えなければいけない。
四つ目に、若い世代の日本人。私たちよりも一世代か一世代半下の二十歳前後、あるいはそれ以下の世代ですが、彼らの価値観、モラル、あるいは国家観などはまるっきり違ったものになっている。我々も戦後派ですが、この戦後派の日本人は少しずつ何かを失ってきたわけですが、それがすでに限界まで進んできたということでしょう。また人生観や職業観でも、今の若い世代は、やはりいろんな意味で大きな変化に直面しているわけですね。なんとかこの大きな時代の波を乗越えさせて行かなければならない。これは日本人の精神的側面に関わる危機なのだろうと思います。
私には、こうした四つの問題があるように見えます。安全保障や財政は、国家の直接的な機能の問題ですね。あとの二つの問題、つまり少子化とか、あるいは教育とか、社会治安とか、価値観とかは、精神的な、または社会的な側面の問題です。
こういう深刻で重要な問題は、何もバラバラに起こってきたものではないと思います。おそらくそれらの根っ子は、せいぜい一つか二つなんですよね。
ですから、それぞれの問題に対処するに際しては、日本という国や日本人がいろいろ持っている縦の流れを噛み合わせながら、新しい活力のバネ、あるいは適応力、特に国際社会での新しい適応力をどう示して行けるのかが重要になります。
国際競争の中で、あるいは非常に不安定さを増している東アジアの国際環境の中で、これらをどう乗り越えて行くのかという問題が、日本の歴史の重要な節目において問われているんだろうと思います。

●60年という歴史の周期

その意味で60年とさっき言いましたが、60年経つと物の見方は自然に変わります。本当に不思議なほど変わります。先ほど金美齢先生からもご紹介いただきましたが、私はヨーロッパやアメリカなどいろんなとこで、いろんな国の、いろんな時代の歴史の動き方を勉強した。まあ、これは文明史という分野になるのですけども、そういう勉強を何十年間かしてきた人間として常に思うことは、やはり60年から70年というスパンが非常に重要な意味を持っているということです。国によって、時代によって状況は違いますが、しかし不思議にそれくらいのタイムスパンですね、これが経過すると、なぜだがよくわからないですけども、時代の雰囲気、歴史の動き方が変わって行きます。
先日の新潟の地震ではございませんけども、日本は大変な地震列島です。台湾も地震列島の環太平洋地震帯に入っていて、4、5年前も台湾中部大地震がありましたが、日本では不思議と関東と関西を結ぶ東海道の地帯で、70年くらいに一度大きな地震が起こり、それによっていろいろと歴史が変るんですね。これもよく言われるのですが、阪神大震災が起こったときに、みな70年前の関東大震災を思い出しましたが、その関東大震災の70年前の江戸時代末期に、ちょうどペリー艦隊が日本に来ました。そして明くる年に安政の大地震といわれる、とんでもない大きな地震がありました。当時は江戸中の街が崩壊し、江戸城の石垣も大きく崩れ、伊豆半島の海岸も20メートル以上隆起して、まったく地形が変わったともいわれます。
日本の歴史に、不思議とそういうリズムがあって、こういう大地震が集中的に来ると、その直後に時代状況が大転換して行くんですね。徳川から明治へと大きく移り変わったし、関東大震災のあとは戦争の時代である昭和に入り、大東亜戦争という大きな歴史の変わり目に向かっていくわけですね。
我々には一目ではそれだとはわからないような、歴史と人間の心を動かす、とても大きな地殻変動を引き起こす何かを感じます。
まあその話は脇に置くとして、今の日本の状況を考えて見ますと、いろんなものが数十年まったく変わらないで来て、「これがこの日本のあり方なんだ」と我々が思っているようなことを、実際は下の方から大きく変化して行く可能性が出ている時代なんだと思います。
まあ60年から70年くらいの歴史の周期ですから、日本の場合、いったいどこから変わるのかはよくわかりませんが、しかし何かを境に変わるということがあるんですね。
日本の歴史をずっと遡って行きますと、戦国時代が終わって徳川の時代になるとか、南北朝のように日本が真二つに割れて内乱の時代が始まるとか、大きな分岐点があるんですね。そこでこれから目の前に現れようとする分岐点において、日本はどう進んで行くのか。そしてその過程で、日本と台湾との関係はどのようになる可能性があるかを考えて行かなくてはいけないのであります。
こう考えてまいりますと、やはり日本が国際社会、東アジアで果たしている役割というものも、当然変わって行かざるを得ません。

●戦後日本に残る混乱要因

ところが今日も、新聞を開いたり、テレビを見たりしていますと、イラクの話、あるいはアメリカの大統領選挙の話など、次の問題、次の問題と、日本を取り巻くいろんな動きのテンポが速く、日本人がこれらの問題について考えようと思っても、なかなか掘り下げた議論ができない。そのため、日本が国際的にどんな役割を果たすべきかの議論でも、いろんなものがごっちゃ混ぜになり、きちんと仕分けができなくなってしまった。
政治の問題、外交の問題、防衛の問題、教育の問題、少子化の問題などでも、日本もいい方に変わるのかなと思うと、また後ろへ引っ張り戻されるような流れも起こっています。ですから現在のいろんな議論の中で、「一体日本はどうなるのか」「本当に変われるのか」「あっちに行こうと思いながら、また逡巡を繰り返すだけじゃないのか」という感にとらわれることも多いと思うんですね。おそらくこうした問題には古いパターンで議論を混ぜ返してしまう混乱要因というのが残っているのだと思います。
その混乱要因には、三つがあると思うのです。
その一つは、特に政治家や官僚、マスコミや知識人の間に、戦後の社会主義的、もっと言えば共産主義的な発想といったものが、何か残りかすのようあることです。日本ではとにかく霞ヶ関が強く、そこの官僚には、大正時代やもっと前から、経済などいろんなことを、「国民の自由に任せておけば無秩序になる。だから何でも指導して行かなければいかん」という考え方があるんですが、そこへ「社会主義や共産主義的発想の方が、資本主義、市場経済より理想的なんだ」という偏見のようなものが、戦後のある時期、特に高等教育の場で植えつけられたのです。ですからこの国の制度を変えようとしても、平等だの貧富の格差だのと、いわゆる悪平等主義みたいなものが出てきて、なかなかそれができない。
それから、朝日新聞など特定のマスコミなどのように、「社会主義や共産主義の国は、非常に平和的な国なんだ。彼らの方が問題を起こすとことはないんだ」とか、「むしろ資本主義や市場経済など古いシステムの方が、攻撃的で戦争をしたがるんだ」という偏見、発想があり、それが外交や国際関係に反映されてしまっている。
今日の日本で、こうしたことを口に出して言えば、非常識だといわれますが、それでもそのようなものが日本人の頭に残っていて、依然としていろんな議論を混乱させています。
特に団塊の世代は1950年前後の生まれですね。おそらく小泉さんは違いますが、田中真紀子さんぐらいからの世代です。この辺の世代が学校で日教組教育を受けて、いろんな偏見を持っている。特にマスコミで活躍しているジャーナリストや学者など知識人の層に、こういう偏見が頭の片隅に根強く残っているということは、注意しなければならないポイントだと思います。安倍晋三さんや石波茂さんの世代はまったく違う。ポスト団塊といいますか、まっとうな世代のはじまりですね。
二つ目に、やはり戦後の日本特有の平和主義があります。「憲法9条は何をおいても正義だ。こういうものを世界に広げて行かなければいかん」という、世界の現実をまったく無視したスタンスです。日本人もいったん日本から外に出たら、こういう考えが非常に過激で、危険で、無責任なのものであると、すぐにわかると思うのですけども、これが非常に根強く日本の平和主義に残っていますね。
しかしそれでは世界の現実には合わないし、日本の役割も果たせない。まったく論理はないのですが、これがまた議論を混ぜ返すんですね。論理ではなく情念といいますか、これがいろんな話を捻じ曲げて行く。
それから大変おかしな反米ナショナリズムみたいなものも残っているのですね。しかしこれはどこからくるんだろう。戦争に負けた悔しさがあってのアメリカへのコンプレックスかといえば、それだけではない。では一体何かといえば、私はこれを、非常に奇妙な古いタイプのアジア主義だと思うんですね。特に大陸の方を向いた。「日本はアジアだ。アジアの一員だ」と言った、親北京、親中国、中華コンプレックスというものが昔からあります。戦後はそこへさらに、変な共産主義賛美みたいな世論が、知識人を中心に広がった。
「大陸的なアジア」という発想があります。明治、大正以来、アジアというと「大陸」と考える。一方、もっとより大きな「海のアジア」という考えもある。戦後の日本は、アメリカにおんぶに抱っこで、自分で大きな進路を考えてきませんでしたから、日本人にはアメリカに対して鬱陶しさ、フラストレーション、コンプレックスを感じている。そしてその裏返し、アンチテーゼとして、アジア主義的な親中国、親北京の大陸志向といったものが出てきて、それがあたかも深い思想であるかのように思い込んでしまう。
そういう風潮が戦後の日本にずっとあります。それがあるときポコポコッと顔を出す。冷戦構造が非常にはっきりとしている時代には、あまり顔を出しませんでしたが、時代が大きく変わりそうになってくると、そういうものがどっかに出てくる。

●日本を危うくする「古い世代」

日本と中国との問題を、国際法など国際的なスタンダードに基づいて、国と国との普通の関係としてできちっと処理するという原則をはっきりとさせ、その上で両国の交渉の場で日本側の要求を出して行く、という考えが、日本の政治家や学生、マスコミの間など、若い世代を中心に強まってきている。これは現在の大きな流れです。
しかしそれを、非常に奇妙な大陸志向のアジア主義、古いアジア主義の古い世代が、後ろへ引っ張り戻そうとする。これが新しい危うさになっていると思うのですね。
特に中国に進出している日本企業はそれです。『文藝春秋』(※平成16年11月10日発行)で大きな座談会をやったんですけども、そこでは小泉総理の靖国参拝の問題が、日本の経済界の人々によっていろいろ議論されている。特に進出企業や、経済団体の役職についている人々は、「中国の大事なプロジェクトが、小泉さんのおかげでとれなくなった」「日本経済にとって、今の中国は大事な存在なのに、首脳会談が日中の間で3年も開かれないなど、とんでもないことだ」「こういう総理大臣が、外交の舵取りをいつまでも続けてもらっては困る」などと言う人もいますし、もっとはっきりと「靖国参拝は止めてもらいたい」と、非常に大きな声で言う人もいる。
経済界も、あるいは中国と非常に深いつながりを持っている知識人や学者たちも、このとくに問題での議論を喚起しようとする動きがあります。「中曽根さんだって参拝を止めたんだから、小泉さんも是非」という論法です。
ここ半年あたりのことですが、東アジア共同体を作って、アジアだけで新しい通貨を発行したり、新しい経済共同体を作ろうという動き、EUのようなものを日本、中国、韓国を中心に作って行こうという動きが、経済界の中でも、あるいは私がおります学会でも、ひとつの風潮として出てきている。「アメリカは今、中東の問題でかかりきりだから、その間に」と。
アジアの経済がお互い緊密度を加えてくる中で、そういうものを考えて行くという趣旨ですから、私もそういう議論はあっていいと思いますが、たとえばワシントンの人たちの間では、「大統領選挙が数日後に迫っていて、新しい政権がまだ動き出さない時期に、何か変なものが動いているな」という印象が持たれているようです。私の知り合いなども、「あれは何なんだ」と言っている。
ただ、なぜか日本の経済界は、とてもこの問題にご執心なんですよね。中曽根康弘元総理大臣も、こういう動きにタッチしていらっしゃる。「中曽根さんがタッチしていらっしゃるなら、私も名前を出してもいいですよ」と、これまで言ってきたんですけども、今回は「ちょっと違うぞ。もっと別の流れもあるはずだぞ」と、気になるところがあるんです。
つまりこの構想は、どこの国とどこの国ということをきちっとさせ、国際的な原則をはっきりさせた上での話ではないのです。何か一時的で、政治的な思惑、北京あたりの意図が見え隠れするような話も、一つ二つ見えるんですね。
これはまたおかしな話と思うのですが、「アジアは一つにならなければならん」と言うのですね。それはそれで結構ですけども、しかしアジアは世界の一部なんです。ですから世界とアジアとの関わりを見なければならないと思います。
「アメリカとの関係ばかりをうるさく言うから、日本はダメになったんだ」と、単純な話の持って行き方をする人もいますが、これも大きく国を誤る。実際「アメリカとの関係」とは日米だけの問題ではない。「太平洋のアジア」、あるいは「海のアジア」である台湾からフィリピン、あるいは東南アジアからオーストラリア、インドとの関係も含まれるのです。しかもその向こうには中東も、ヨーロッパもある。そういう視点を持つことが、日本には非常に大事なのであり、それを踏まえた上で、もっときちっと話すべきでしょう。
経済界にはあせりみたいな気分があって、そういう話になってきているのだと思います。この十年ぐらい、日本の経済界はおかしな状況になっているから。しかしやはり、特に今の経済界のリーダーの層の思考にも問題はあるでしょう。戦後の曖昧な価値観や、さっき言った、「社会主義は必ずしも悪いものではないんだ」「人権とか民主主義なんてものはアメリカが言うことであって、我々はそんあことは中国には言わないんだ」という、何か変なイデオロギー志向の残りかすみたいなものがあるんです。

●中国に対するコンプレックス

これは経済人に限らず、今の日本の各リーダー層にいえることですが、憲法9条的な発想なのですね。外交、防衛、国家としての原則も「商売の邪魔になるようなことは、言わないようにしましょう」と。このようなものが、日本の経済人、特にトップ層にはいまだに深く根付いています。
私のおります京都には、京セラという有名な会社がありますが、その経営者の稲盛和夫さんも、そのようなことを平気でおっしゃてるわけですよね。
「稲盛さんともあろう方が」と思いましたが、中国共産党の中央党校という大変なエリートの養成機関で、党の重要なポストに就く人々に対し、「日本は戦後、アメリカとべったりでやってきた」「こういう行き方は覇道だ」「覇道の外交はいかん、王道の外交でなければいかん」と話しているんです。好きなんですよね、本当に。「王道外交」「アジアの一体感」だとか。
「王道」とか「覇道」とかは、日本人にとってはわかったようでわからない中国語です。イデオロギー的な言葉なんですね。戦前の日本、特に陸軍あたりが、大陸政策という国家の戦略上で言ってきたことを、非常に安易に言っているわけです。戦前の日本の教育を受けた日本人の中には、そのようなものが、どこか頭に残っているのです。
しかし現在の国際的なこの座標軸の中で、これでいいのでしょうか。別の表現があるはずですよね。たとえば「お互いに経済的に共存共栄をし、国際法を遵守し、世界的に当たり前の価値観をお互いに守って行こう」とか、そのような表現があるはずです。人間としての当然の原則として、人権という非常に大事なものがあるし、市場経済、WTOの原則、貿易の原則など、いろいろなものがあります。それを「お互いに信頼して守り合いましょう」ということこそ、現在における王道だと思うのですけども、どうもそこに言葉をつくさないんですよね。
そして「王道」などと言う。この言葉をお互いが勝手に理解して使っているわけです。こういうことは昔から、ありましたが、特に日本の経済人はそうです。80年代に鄧小平が日本に来ると、当時の新日鉄の社長などが出て行って、漢詩の一節を交換し合った。それはそれで、文化的にほほえましい立派な交流だと思いますが、しかし大事な国の進路、外交のあり方、経済協力の原則といったものは、きちっと言葉にせず、すべて「王道」とか、「一衣帯水」という言葉で片付けてしまう。
これは中国人の戦略の非常に巧妙なところです。日本人の弱いところを良く知っている。難しい問題が出ても、たとえばこれは鄧小平が尖閣諸島の問題に関して言ったことですけども、「我々の世代では決められないので、頭のいい未来の世代に委ねましょう」なんて言う。すると日本側は「流石は中国の大人だ」と。
日本のマスコミや知識人には、西欧風の教育を受けた人が多いのにもかかわらず、「こんな曖昧な話ではいかんぞ。将来に禍根を残しますよ」と言った人はほとんどいなかった。 
日本人は、特に大陸への文明的なコンプレックスみたいなものが絡むと、当然働かすべき当たり前の常識が眠らされてしまうようです。
これは、日本が東アジアでどうやって、本来の国としてのあり方を貫いて行けるかという大きなポイントに関わることなのです。きちっとした言葉遣いをすることが、中国と付き合う上で非常に大事なのです。きちっとさせなければ問題が生じる可能性があるという意識が必要なんですね。

●経済界は世論を誘導してはならない

ところが今でも、経済界の重鎮と言われる人は、北京へ行っても、物を言わない。これは日本の病気かなと思います。国家として当然の発想ができないということが、ひとつ問題の根幹でしょう。
8月7日に例のサッカーのアジアカップがございました。ご承知のように西安、済南、北京と、大変な騒ぎになりました。そこでそれが報道され、かなりの日本人が、「中国ではこんなに反日感情が強いのか」とびっくりした。多くの知識人も例外ではありません。私などは、「いずれこういうことになるだろう」とずっと思っていましたから、日本人が驚いたことに、むしろ驚きましたけれどもね。
そこで、日本ではいろんな人がいろんな議論をしたわけですが、識者の説明のなかには間違ったものもあった気がします。たとえば「今の中国の急激な発展の中で、貧富の格差が大きくなり、それに対する貧困層の鬱憤、フラストレーションが反日に向いているんだ」と。
私なんかは、テレビ画面で試合を見ていて、「騒いでいる連中はいい服、トレンディな服を着ている。お金があるんだな」と感じた方です。サッカーの試合を見に行けるのは、相当上の階層ですよね。ですから、この解説は実態に即さない。話を脇にそらそうという意図が感じられるコメントです。
「江沢民政権の時代に愛国主義教育をやった結果、反日につながってきている」という解説もありましたが、これはまったく的外れではありません。
それでは、日本にはこれだけたくさんの中国研究者がいるのに、特派員も何百人と中国大陸にいるのに、なぜほとんど誰も「今の中国でひどい反日教育をやっていますよ。これは問題になりますよ」と言わないのか。あるいは「日本人は全然知らないけれども、こういう教育をやって、日中友好にプラスになるんですかね」と報道しないのか。
マスコミ、知識人、専門家が本当の話を伝えないから、日本人はよく事情がわからないまま、あのようなサッカーの場面を見せられて言葉を失ってしまう。これは日本の運命に関わるような問題だと思いますね。
中国から王毅という新しい大使が来られましたが、その記者会見を見ていると、「総理の靖国参拝は外交問題だ。外交問題だから話し合って解決しなければ、日中関係は進まない」と言っているんですね。しかしこれは外交問題ですかね。私のアメリカ人の友人に言わせれば、「靖国神社というのは北京にあるの。南京にあるの」となるわけです。
これは日本の中の問題であり、日本人同士で議論すればいい問題であって、外国からあれこれ言われる問題でないというのは明らかですね。
それを中国は外交問題に持って行こうとしている。そして日本の国内市場でアップアップしている中小企業やゼネコンを対象に、「小泉さんが参拝を止めれば、あなた方もプロジェクトを取れたのにね。やっぱり首脳会談できない国の企業は不利ですね」と言うわけですよね。
つまり「あんたはお家へ帰って、お父さん、お母さんに自分の家の方針はまずいですよと言ってきなさい。そうすれば飴玉一つあげます」と言われているようなもので、これには「ちょっと変だぞ」と気がつかなければいけないんですよね。
日本の政治に責任を負わない経済界が、外国からいろいろなことを言われたからといって、国内の世論を誘導していくという流れは、やはり日本の国を誤ると思います。
しかしこれは日本人の癖なんですね。大正時代、中国に日本の紡績会社がたくさん進出していまして、排日ボイコット、ストライキなどが起こってくると、日本の企業はすぐに政府に「軍隊を派遣して守ってってくれ」と保護を求めるくせに、そうでなければ原則を無視して、「軍閥政権に譲歩してくれ」と東京の政府に圧力を加えるのですね。それで日本が国策を誤った例は枚挙にいとまがないですね。

●国家の選択としての日台関係正常化

ところが戦後の日本はそういうことを学ばない。原因はやはり憲法9条にあるんです。憲法9条を守っていれば、戦前の間違いというのは避けられるんだと思っているわけでしょうが、そんな簡単なものではない。
憲法9条が、戦前と戦後を切り離す免罪符のように簡単に思われているんです。日本があの戦争で、どこでどういう間違いをしたかということに、きちっとした反省がなされていないんです。戦前の歴史には、現在にも通じる教訓というものがあるのに、「憲法9条があるから今は昔とは違うんだ」と言って、戦前、戦後を遮断してしまっているんですね。憲法9条の最大の問題点とは、このように日本人の発想を危ういものにしているというところにあります。憲法の問題は、そこからも考えなくてはいけない。
いずれにせよ、今の日本を取り巻くこの状況の中で、一番問われているのは、やはり国として、国際社会で生きていく原則をどこに設定するのかだと思います。つまり日本が、人権、民主主義、市場経済、国際協調という根本的で普遍的な原則を、たとえ相手がどこの国であっても、きちんと主張するということです。これは日本にとっては、国家としてのいろはの「い」だと思うのです。
ですから、中国に対してどういう姿勢をとれるかは、日本の国家としてのあり方を問う問題だといえるのです。
台湾との関係の問題も、国としてのあり方を問うものです。
現在の台湾の問題、つまり中台関係の問題ですが、日本と中国との間で「日中国交正常化」がありました。この「正常化」という言葉自体、中国共産党の発想に乗っかっているところがありますね。
もともと国交は正常だったんですよね。つまり大陸との関係というのはなかったけれども、日華平和条約というものが1952年に結ばれているわけです。それはフィクションではあったけれども、台湾と日本との関係は規定していたわけですね。
ところが日本は相手を変えたわけです。田中角栄総理大臣が1972年に、いわゆる国交正常化をしに北京へ行ったわけです。そこで「不正常」という言葉が上手く使われたのです。「不正常」とは、「変えなくてはならないおかしなもの」という意味です。
それであるなら、今の日本と台湾との関係は、まさに「不正常」そのものだと思います。日台関係の正常化ということが、やはり日本の選択として、意識に上ってこなければいけないと思います。これは21世紀の世界で、国と国との関係はどのように展開して行くべきか、ということなのです。

●国を支えている拉致被害者家族

現在の東アジアでは、国際関係、国際秩序の基本的原則というものがおかしな方向、曖昧な方向、全ていろんなものをなし崩し的に行ってしまう方向と、もっと普遍的なグローバルな基準というものを大切にしようという方向の分岐点にあると思うのです。
日本が、国としての原則を通さなければならないものに、朝鮮半島との関係があります。北朝鮮との今の流れを見ていますと、どうも小泉さんには、国交正常化を急いでいるようなそぶりが垣間見えます。10月21日付の産経新聞が一面で大きく報道しましたが、日本のゼネコン十社ほどが、もうすでに北朝鮮に行っているんですね。そしていろいろと視察しようとしている。プロジェクトを立ち上げようという動きでしょうか。
日朝国交正常化には、日本はかつて朝鮮半島を支配した。その賠償金を払わない代わりに、経済支援という名目で100億ドル、あるいは150億ドル、つまり日本円でいえば、ざっと1兆から2兆のお金を北朝鮮に払わなければならない、といった前提があるんですね。今の金正日政権と関係を正常化すると、それ自体に国民には抵抗があるのですが、政権と経済界がどこかで何かを仕掛けていて、世論がちょっと他の方に目を向いている間に、着々と既成事実を作って行くということでしょうか。
この点で私は、拉致被害者家族の人たちの活動が、かろうじて日本を支えてくれてる面があると思います。今の北朝鮮に1兆、2兆のお金が日本から流れていったらどういうことになるか。北朝鮮のひどい人権状況はこのまま固定されてしまうことでしょう。そして何よりそのお金は、当然日本に狙いを定めるノドンミサイル、テポドンミサイルのいっそうの近代化、増強に使われる。核武装にも大量に流れるでしょう。一番懸念されるべきはアメリカ本土に届くような最新鋭能力を持つミサイルが開発されることです。そうなれば韓国や日本の安全は、いったいどこまで守られるのだろうか。
北朝鮮との国交正常化は、信頼性の危機というものを起こしかねないんですね。どうも小泉さんや外務省の首脳部には、まったくその観点がありません。
非常に残念なことなんですけども、北京に対して、場合によってはアメリカに対しても、「北朝鮮の核が野放しのままなら、日本だって核を持つ覚悟があるぞ」といの声が、日本人の識者の間などあるのだと、つねに示しておかなければならないのです。
たしかに今の日本のおかれている現状から考えると、日本の核武装など国際的な核不拡散条約という建前からもできるわけがない。また国民が合意するわけもない。本当に国策として核武装を考え始めるなら、それが国際環境に及ぼす影響も考えなければならない。つまり現実的ではないかもしれませんが、しかしある意味で、日本が本当に核を持たなければならないような事態になった時では遅いんですね。
いずれにしても、小泉さんが二年前の9月17日に、初めて北朝鮮に行かれ、日朝平壌宣言という共同宣言に合意して帰ってきました。あの共同宣言の中身を新聞社からのファックスで見たときは仰天しました。なぜならが、最初に「国交正常化します」と書いてあるからです。それはいいとしても、問題は「日本の植民地支配に責任を感じている」とあって、そのすぐ下に「正式な経済援助をします」とあることです。さらにそのお金は、どこそこ銀行からどれくらいの融資などが実施されるなど、こと細かな金融上のやり取りのことまで決めてあるんです。
ご承知のとおり拉致問題に関しては、何の文言も書かれていません。日本の近海に工作船を出して、覚醒剤を日本国内に入れていること、あるいは日本へミサイルを撃ったことなどについても言及していない。そういう共同宣言ですね。
小泉さんが帰国したあと、朝鮮半島問題専門家といわれる人がテレビに出てきて、「これは戦後日本始まって以来の外交的快挙です。素晴らしい小泉外交の成果だ」と持ち上げるのです。しかし拉致問題がありますから、国民はものすごく違和感を持ったのですが、それでも識者たちは、「来年の春になると日朝経済協力が始まりますよ」「正常化の話し合いは今年の末までですよ」などと、NHKなどのテレビに出て、話しているんです。
それに対して拉致家族の方々が、「決して私の子供は死んでいない。そんな言葉には騙されません」「日本政府が早急な国交正常化をしたら困りますよ」と、勇気を持って声を上げた。それが相当世論の関心を引いたわけですよね。そして政府の中でも、安倍晋三さんを中心に、「このまま行ったらおかしくなるんじゃないか」とブレーキをかけた。
これも「日本は変わる」ということですね。あの時、もし拉致家族の人たちの頑張りがなかったら、日本は国交正常化交渉、本交渉へとずるずる入っていたのかもしれません。

●中国の姿勢は変るものだということ

これが昔の日本ならどうでしょう。田中訪中の時など、田中角栄が周恩来と握手して、「小さなこまごました話はしない。大筋、大局で国交正常化に合意しよう」と、例の王道外交でやるわけです。そのあと福田内閣のとき、台湾との関係をどうするのかという問題があがった。当時の外務省には、まだしっかりとした人が一人二人おり、「台湾との関係は、国際法の現状に従って、最低限守るべきだ」という意見を出した。ところが周恩来が、「そんな細々したことを、日中間で口にすべきではない」と、パーンと蹴った。すると日本の政治家やマスコミは、「そうだ、そうだ。法律の細々したことを言うのは日本の悪い癖だ」となった。
日本は「一つの中国だ」と言う中国側の原則を、「理解し尊重する」という言葉使いで、その局面を切り抜けられると思ったんですよね。そして日台断交という大きな踏み絵を踏まされて、その後にアメリカがやった流れに数段劣るような形でしか、日台の関係を守れなかった。こうして台湾との関係はご承知のとおりのものになった。
これもやっぱり急ぎすぎたんですね。もっと時間を待って、そして本来の原則を考え、アメリカの対応も考慮に入れていれば、日台の関係はもっと違った形になったと思います。
とりあえず今の北朝鮮の問題で、日本の国としての機軸をどこにおくのか。やはり忘れてならないのは、北朝鮮と中国との繋がりを、もっとしっかりと見据えておくということです。なぜ中国は北朝鮮の核開発を本気で止めさせないのか、なぜこの問題を放置しているかということですね。
中国が朝鮮半島の問題でどのような狙いを持っているかを、日本人にわかりやすく話すと、例の有名な鄧小平の16文字というものがありますね。鄧小平は、中国はアメリカや日本との関係をどのようにするかを、漢字四文字を使って、合計十六文字で表したと伝えられています。そこでは中国の本当の狙いは伏せて、「経済発展に一生懸命専念しましょう。外国との間に摩擦は起こさない。中国が力をつけたらすべての問題は解決するのだ」ということになっています。
中国国内で反日反米の動きが過度に噴出してくるのを抑えようという鄧小平的な発想だろうと思いますが、いずれにせよ、「今の中国の姿勢はいずれ変わりますよ」と言っているわけですね。これはある意味では、ヒントになっているのです。

●外務省の反米イデオロギー

今のアジアの情勢はどういうところまできているのかを、そろそろ日本人は気づくべきだろうと思っています。
 ここで世界情勢全般の大きな話をすれば、明後日はアメリカ大統領選挙ですね。その結果は、アジアの方向性に大きく関わります。やはりブッシュ政権が勝つことが、アジア全体にとっては望ましい。日米関係にとっても、日台関係にとっても、その方が全体としては望ましいと思います。
長期の視野で考えれば、仮にケリー候補が勝利しても、アメリカは本格的にアジアに戻ってくるだろうと思います。一番重要なことは日米の間での米軍再編という問題です。
日本にいる米軍が基地をいろいろ入れ替えると。問題に上りっている沖縄の基地から、そこの海兵隊を、北海道に持って行って、千歳で演習をさせるとか、東京ですと、横田の空軍基地に日本の航空自衛隊の司令部が行くとか、こういう話が進んでいます。
これは日本の国としての選択の重要な問題となってくると思うのです。と申しますのは、今、日本の霞ヶ関、首相官邸が真っ二つになって議論しておりますのが、アメリカ海軍の第一軍団の司令部を神奈川県の座間に持ってくるという問題です。
この第一軍団の司令部というのが、太平洋全域、インド洋、中東、それから地中海の一部までと、地球の半分を担当するものなのです。今はアメリカの西海岸にあるわけですが、これが日本に来るということはどういうことか。日米安保条約の建前から言うと、日本にいる米軍は極東の平和と安全に貢献する立場だとされており、これでは「極東」を大きく越えるではないか。インド洋は極東ではないし、ましてや中東や、北アフリカはもう全然違う。そこで「日米安保条約に違反するから、そういう司令部の移転は困ります」という意見が、特に日本政府の一部に出てきているのですね。
しかしこれはちょっと変な議論なんです。なぜならすでに湾岸戦争のときも、あるいはアフガニスタンの戦争のときも、日本にいる米軍はもちろん、日本の自衛隊自身もインド洋や中東に行っているんです。世界の秩序を守らなければ、日本自体の安全を守れないとして行っているのですね、
それなのに外務省のなかに、突然そうした反対論が出てくるのはなぜなのか。この国家の分岐路に至って、昭和20年、30年代に社会党が言っていたような議論を、日本の本来の舵取りをする人々が口に出しているのです。「極東条項に違反するのではないか」「こういう表現を外務官僚が口にしたり、自民党の政治家が口にするのは一体どういうことなのか」と。
これらはみな、昔の社会党が国会で政府を追及するときにいった言葉なんですね。湾岸戦争のときも、当時の土井たか子社会党委員長が、「日本にいる米軍がペルシャ湾に行くことは、極東条項に違反する」と国会で一生懸命言っていました。
それに対して防衛庁長官は、国会答弁で、「これはいいことだ。世界を見張るアメリカの安全保障のシステムの大事な機能が日本に来るということは、日本の安全自体にもプラスだ」と言っています。「アメリカが日本を重視しているということがはっきりとするし、日本とアメリカは安全保障の上では、一つの運命共同体という度合いを高めるから、いいことだ」と。
ところが外務省は総理官邸に、「防衛庁長官の発言を取り消しなさい」と言うわけなのです。私は白昼夢を見ているような思いです。保守という旗印を持っている自民党の中でも、「アメリカ軍がやってきて、騒音がうるさい。ヘリコプターも落ちるかもしれない。日本の街に繰り出してきて大変な騒ぎを起こす」と、間違ったことを言っているのですから。実際はそういう基地の移転の話ではないんですね。背広を着たような軍人や軍属が2、3百人やってくるだけの話です。
しかも横田基地は民間航空も使えるようになるし、那覇にいる航空自衛他も、嘉手納のアメリカ空軍基地を使えるようになる。そしてそれによって日米空軍の東シナ海から東南アジアにかけての大きな空域での一体化が進む。
ところがこれに「ちょっと待った」と言う。それが野党ならわかるけども、与党や外務省から出てくる。
ここですね。今まさに日本が「変われるか」と問われているときに、最初に申し上げた三つの遺伝子が目を覚ましてくるんですね。「アメリカの言いなりになることは、日本にとってマイナスじゃないのか」と。ある種のコンプレックス、あるいは社会主義や共産主義のイデオロギーです。
そして「アメリカは日本に問題を持ち込むのではないか」とか、「アメリカは国連決議を無視して、イラクでひどい戦争をする国だ、そういう国に軍事協力をするのは考え直さなければいかん」となるわけです。そして「日本は自立するべきだ」と言う。自立は大いに結構ですが、しかし自立をするコストも考えるべきです。おそらく、先ほどの核武装の話まで考えなくてはならないし、そこまで行かなくても、やはり財政も基本構造から変えていかなければ、日本の自立なんてありえません。

●日本を別格の同盟国にしたいアメリカ

ところがそういう議論をした途端、「いや、アジア共同体を作ればいいんだ」「アジアの地域安全保障機構を作ればいいんだ」「どこの国も日本に攻めてくる可能性はないんだから、北朝鮮問題はそのうち解決するでしょう」といった議論にすり替えて行く。
日本が「本当に変われるのか」と不安になるのは、こういう問題だと思うのです。この米軍再編問題は、ケリー政権になろうと、ブッシュ政権になろうと、必ず来年には大きなテーマになる。そしてそれは単なる基地の移動の問題ではないのです。
アメリカは有相無相の同盟国は必要としていません。日本を重視しているのです。イラク戦争に突入するかどうかのときに、ドイツやフランスはアメリカの足を蹴った。これは同盟国としてはあるまじき行動でした。これらの国は「国連安保理で拒否権を使うぞ」とアメリカに迫りましたが、これは昔のソ連が使った手です。それをフランスが言い出した。 
だからアメリカからすれば、「そういう国は、ちょっと別格になっていただこう」ということかもしれない。
いずれにせよアメリカにとっては冷戦は終わった。冷戦後の時代に急激な変化が起こると困るので、冷戦時代のシステムをしばらく続けて行って、様子を見てから、ある時点できちっと世界に対応する安全保障やアジア防衛を考えようとしているのです。この先延ばしは非常に理性的です。
アメリカはヨーロッパでは、「ドイツから7万の兵力を引き上げる」と言っています。これでドイツには、戦力を持ったアメリカ兵はほとんどいなくなります。これは冷戦時代では考えられないことですね。10何年前には、ドイツには30万のアメリカ兵がいたわけです。それを90年代を通じて減らし、現在は9万ほど。そして今度はこれを、2008年までに0にしてしまう。そして司令部をすべてイギリスに移してきている。つまりイギリスと日本を別格の同盟国にしよう、あるいは重点的な同盟国にしようということです。
アメリカは大陸には関わらない方がいいんですね。だから韓国からもたくさん引き上げる。2008年を期限にしてですね。最初、在韓米軍は、「2005年までに3分の1を引き上げる」と言っていた。韓国は今、盧武鉉政権で、非常に反米気運が高まっているのに、「来年、米軍は引き上げる」といったらびっくりして、「ちょっと待って」と、すがり付いて交渉しました。おかげで3年延ばすことになりました。たぶんこれは、アメリカとしては織り込み済みだったと思います。

●実は柔軟なアメリカの発想

2008年というターゲットイヤーが、非常に重要な意味を持つのだと思います。もちろんアメリカにとっては次の大統領選挙の年ですが、これはまた北京オリンピックの年でもあり、台湾の憲法の問題とスケジュール的に重なってきます。ASEANの話もそうです。いろんなことが2008年で動くということです。
そこへアメリカが踏み込んで来るのです。ケリー政権になろうと、ブッシュ政権になろうと、アメリカはアジアの問題でも、日本を中心にして踏み込んできます。そしてアメリカは、「現状維持」という言葉を使っていますが、これは台湾海峡問題の背景にある中国の経済が発展する中でも、「アメリカ企業に儲けさせてもらいましょう」という話です。
2006年に、中国は金融の国際開放をやらなければなりません。だからアメリカは、だいたい2006年から2008年にかけて、中国情勢が変わってくるだろうと見ているんですね。そして北京オリンピックに向けて、中国経済がまたいろんな意味で偏重をきたしてくる。その大きな流れの中で、日本とアメリカの同盟関係をより緊密にしていこうという狙いです。そしてヨーロッパではイギリスに重点を持ってくる。これはまさしく「海」に重点を置くということですね。
このような考え方は、実は第二次大戦の末期のアメリカで、「戦後の世界をどうするか」「アメリカは世界の中でどういう役割をするべきか」が議論されたときに、多くの論者、特にリップマンという方が「アメリカは孤立主義に戻ってはいかん、孤立主義のためにあんな戦争が起こったんだ。これからは世界に関与するんだ、しかしそれは自ずと限度があるんだ」と言ったのです。そしてアメリカの海を隔てたお向かいさんである、日本とイギリスという二つの島国にポイントを置いたんですね。まだソ連との冷戦を想定していませんから、ヨーロッパ大陸や朝鮮半島など、世界中に大量のアメリカ軍を派遣することなど、考えも及ばないことだったのです。
アングロサクソンというのは大陸に上がって行くのが嫌いなんですね。海の支配がすべての根幹だと思うんです。ですからこのような戦略を「ブルーウオーター戦略」と言いました。
びっくりしますね。日本は当時、太平洋の島々で激戦を戦っている憎き敵国なんですね。イギリスは世界大国の先輩にして、最大の同盟国だったんですが、そのイギリスと日本を同じように扱って、戦後はこの二つの国との関係を軸にして、周囲に大きな安定的な資本主義の新しい世界を作り、そして世界の現状を安定化して行こうと考えていたのですから。
世界を安定化させる機軸というものを、しっかり考えていたのですね。今ようやく冷戦が完全に終わり、その後の10年くらいの移行期も終わった。中東の問題は大変だけど、もっと大変な問題がある。アメリカにとって、それはやはり中国問題だと思う。口にだしては言いませんが。
台湾問題でもアメリカは、「中台の現状を維持」ということを言いますが、先日のパウエル国務長官の発言みたいに、時々「うっかり舌を滑らせた」というような風情で、中国側にリップサービスをするわけですね、これはアングロサクソン外交の典型的なパターンだろうと思います。
それではアメリカの真意がどこにあるかと言うと、台湾にも、日本にも、ちゃんと知らせている。つまり「こっちに行き過ぎるとこっちに寄りますよ。こっちに行き過ぎるとこっちに寄りますよ」と言うことです。
これは「現状維持が非常に重要だ」ということなんです。しかしそれでも、アメリカのメッセージは変わると思います。これが次の政権の大きなテーマであることは間違いない。
しかしアメリカには、その前にやらなければいけないことがある。それは日米の同盟をもっと深くすることです。そして日本が世界の拠点になるような信頼性を持たせること。はっきり言えば日本には周辺事態法とういうものがありますが、台湾海峡で何か起こったとき、日本が信頼できる同盟国として行動できるかということです。それを見た上でなければ、アメリカの大きな戦略というものは、台湾の問題でも、中国の問題でも動けない。
アメリカはアングロサクソンだけの国ではありません。民族的にはいろんなエスニックの人がいます。しかし発想とか行動様式というものは、やはりアングロサクソン的ですね。言葉が英語ですし、法律、社会制度はいわゆるコモンロー、つまりイギリス法の考え方ですね。そういう文化、物事の発想、行動様式、と言うところではひとつの癖がある。
口ではアメリカ的理念ばかりを言っているように見えますが、実際には柔軟さを持っている。合理主義というものも持っているのですね。大きな戦略を持っている。

●再び十字路に直面している日本

日本の新聞が「米軍再編」と書いているこの流れは、アメリカが全世界との関わり方を変えて行く始まりだと思います。日本では吉田茂の時代にサンフランシスコ講和条約を結びました。当時日本国内では「ソ連側とも講和条約を結ぶべきだ」との意見も強く、いわゆる単独講和か全面講和かという論争が起こりました。
あのときに吉田茂は、「日本はアメリカの陣営に入るんだ、共産主義は間違いだ。日本はどんなことがあっても、自由な体制を守っていかなければいかん」と言い、アメリカ陣営に入ることを選んだのですね。
そして今、私たちの前に、また大きな十字路見えてきたのです。つまり「日本はやはりアジアと組み、アメリカとの関係は希薄にして、曖昧でぼんやりと平和について話し合おう」という方向に行くかどうかということです。
これは「すべての国といい関係を築いていけばいいじゃないか」という、一種の全面講和論ですね。日本は再び、ここにやってきているのです。
「日本は本当に変われるのか」という問題ですが、今起こっている問題の意味合いを、日本人が理解することは大事だと思いますね。日本がどっちの方向を選ぶかによって、日台の関係も大きく変わってくるわけです。
そして中国ですが、この国が本当に人類社会の大きな流れに適合できる国となり得るかどうかという問題があります。人権、あるいは民主主義、福祉、環境といったさまざまな問題で、きちっと対応できるかどうかという問題です。
私はその点では李登輝さんと意見がかなり一致します。つまり中国は21世紀において、長い時間、一体性を保つのは難しいだろうと思うのです。そしていずれは国内が、いくつもの政治の単位として分かれる存在になるのではないでしょうか。
民主主義とか人権とか国際協調とか、そのような一番重要なグローバルな価値観というものが中国で重んじられれば、そういった方向に変わって行かざるを得ないでしょう。
いずれにいたしましても、日本と台湾との関係も、日本が一つの国家として、一つの機軸として、しっかりとした線を貫くことで、アメリカのアジアを見る目も変るだろうと思います。
アジア全体の安定とは、アジア的な以心伝心、アジアの共生という、ぼんやりとして曖昧な概念に基づいて、国の進路を考えるということではありません。
そういう意味で私は、日本の学界でも政界でも、新しい芽が出始めていることに着目します。たとえば野党の民主党の中でも、日台関係を重視して、あるべき日本の国の在り方を考え始めている。海のアジア・太平洋の大きなコミュニュティーの中で、台湾を主権国家、政治の独立した名実ともに独立した存在として、世界的な価値観を共有して行くことは、やはり日本の国としてとるべき大きな選択だと思います。
これまでタブーだったそうした点を、日本の若い世代の政治家や学者やジャーナリストが、公の場で議論できるようになったことで、日本が国家として本当に「変わる」という可能性、課題を見出しているところです。
私の話はこれで終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございます。

2005-07-01 13:28
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